宮城県内を拠点に介護施設を運営するケアミックス・ジャパン(本社・宮城県仙台市)は、介護保険制度の導入によって“介護サービスの民営化”が進んだ黎明期から、さまざまな介護サービスを展開し、20年以上にわたって地域貢献を続けてきました。同社が、同じく介護事業を運営する元気な介護グループ(本社・北海道札幌市)に全株式を譲渡したのは2022年7月のこと。なぜこのタイミングでM&Aに踏み切ったのか。その決断の背景を、創業社長の東海林和博氏(70歳)に伺いました。

“介護の民営化”の黎明期に起業

創業の経緯を教えてください。

2000年に前身となる有限会社みちのくケアを設立しましたが、それまで私は介護とはまったく関係のない建築設備会社で勤務していました。そんな門外漢の私が介護事業をやろうと思ったのは、その年に介護保険制度が施行されたからです。この制度は、それまで社会福祉法人にしかできなかった介護事業を民間会社に開放し、介護サービスを増加させることを目的にしたものでした。いわゆる“介護の民営化”ですね。
知り合いの社会福祉法人の方々に話を聞くと、これは大きなビジネスチャンスだと。補助金もあるということで、一大決心をして介護業界に参入することにしました。


介護とは無関係だった東海林さんが介護事業を行うことに不安はなかったのですか。

もちろん不安はありました。最初の施設を建てるのに8,000万円ほどかかりましたから、借金の額を考えても大きな決断です。資金を借りに行った銀行の人にも「なんで建設業界の人が介護の会社をやるの?」と驚かれました(笑)。けれども、介護が民営化される、そのタイミングに始めるべきだとにらみ、勝負をしました。
そのころ、介護の施設は本当に足りていなくて、ご家庭のニーズはあるのに対応できる施設がない状況でした。そして、介護ができる優秀な人材も働く場所がなく余っていたのです。だから施設を立ち上げるとたくさんの方に入居していただけましたし、介護に精通した優秀な人たちを多く雇うことができました。本当にいいタイミングだったと思います。結果的に、事業はすぐに軌道に乗せることができました。


御社の特徴、強みを教えてください。

2002年にみちのくケアから、名前をケアミックス・ジャパンに変えました。この「ミックス」という言葉の通り、私たちの会社はさまざまな介護サービスを掛け合わせていることが特徴です。
介護と一口に言っても多様なサービスがあります。居宅介護支援、デイサービス、ショートステイ、サービス付き高齢者向け住宅、介護付き有料老人ホーム…。ケアミックス・ジャパンでは、いま言った、すべてを行っています。そういう会社はほとんどないと思いますし、それがわれわれの強みだと思います。
介護は本当に複雑なので、いくつものサービスを行うのは難しいのですが、難しいからこそニーズがあります。サービスごとに施設を探さずとも、すべてここで対応できることは利用者にとっても、利用者のご家族にとっても負担を軽減させることになります。過重な家族介護が問題となるなかで、全国的にも珍しい介護サービスのミックス展開をしたことは、地域の方たちから喜んでいただけました。


介護の事業を始めてよかったと思いますか?

はい、良かったです。こんなにいい仕事はないと思う理由は、感謝していただけることです。前職の建設会社にいたときは、感謝をされることはあまりありませんでしたから(笑)。
介護事業を始めると、利用者や利用者のご家族から、たくさんの嬉しいお言葉をいただきました。「助かりました」「ありがとうございました」「最期にここにいれることができて良かったです」などと、わざわざ社長の私にまで言いに来てくださいます。ということは、現場はもっと感謝の言葉であふれているはずですよね。
最初はビジネスチャンスだと思って始めた仕事でしたけど、やっていくうちに地域貢献とはこういうことなんだと思うようになりました。だからこそ、もっとサービスの質を上げて、良い会社にしていこうという気持ちになっていった。そうやって、利益を追求するのではなく、幸福を追求してきた結果、いまの地域の信頼を得られているのだと自負しています。
本当に介護の仕事をやってきてよかったと心から思いますね。大変なことも多かったですけど、幸せな20年間でした。

 

従業員の雇用の安定を第一に考えた

会社の譲渡を考えたきっかけを教えてください。

最終的な決断は、新型コロナの影響が大きかったです。10年前にも東日本大震災という大災害が起き、経営は大きな影響を受けました。津波が(仙台市内の)この施設のすぐそこまで来て、あたりの田んぼは湖のようになり、電気も止まった。この世の終わりではないかと思いました。そして、その10年後に今度はコロナのパンデミックが起きてしまった。そうなると当然、次の10年後にはいったい何が起こるんだろうと考えます。
私はいま70歳ですが、80歳のときに大きな問題が起きたときには、対処できるのだろうかと思いました。もし私が対応できず、10年後に会社の経営が悪化したら、いま40歳で働いている社員は50歳で転職活動をしなくてはいけません。そんな大変なことは、絶対にさせてはいけませんよね。
社長というのは、従業員の雇用の安定を永続的に考えるべきなのです。だからこそ、私もまだ元気で、会社も評判がいいうちに譲渡を考えようと思いました。


子どもに継ぐことは考えなかったのですか?

社内には、息子と娘が働いています。彼らは、理学療法士の資格を持っていたり、ケアマネージャーの資格を持っていたりと、現場のプレーヤーとして働いています。社長をやりたいかと聞いてみたこともありましたが、これからも介護の現場で働き続けることを希望していましたので、ほかの会社へ譲渡をすることになりました。


2022年7月に、元気な介護グループさんへの譲渡が完了しました。譲渡では、どういった点を重視していましたか?

元気な介護さんは私たちと事業形態が非常に似ていて、多様な介護サービスを展開する会社です。このように事業が似ているということは、譲渡の絶対条件でした。多機能の介護サービスを持つ会社なら、介護の知識も豊富なはずです。私たちの考え方ややり方も理解してくれて、現場の介護士とも齟齬なく、上手くやっていけると思いました。
また、従業員の雇用を永続的に考えるには“大きな船”に乗るべきだとも思っていました。大きな船なら嵐が来ても少しの揺れでおさまりますが、小さな船では潰れてしまいます。その点、元気な介護さんは、規模が大きいことも魅力でした。
最後に若い会社であることもポイントでした。池田元気社長はまだ40代です。伸びしろがある会社なので、安心して任せることができると思いました。
ケアミックス・ジャパンにも40代、50代の優秀な社員がいますが、彼らが元気な介護さんのような会社と一緒になることで、今後、いろいろな勉強をさせてもらえるでしょう。これからはそうやって、若い人たちが活躍していくべきだと考えたのです。70歳の人間がごちゃごちゃいう時代ではないだろうと思いましたね(笑)。


従業員にはどう説明しましたか?

従業員に話したのは、5月くらいだったと思います。従業員への説明は気をもみましたので、時間をかけて伝えていくようにしました。譲渡は社員を守るための決断であるということを丁寧に説明した結果、今回の譲渡に対して不満を言う従業員はいませんでした。私の思いが伝わってくれたのだと思います。

M&A

 

「自分の頭」で判断できるうちに

インテグループを選んだ理由についても教えてください。

インテグループさん以外にも、2、3社の仲介会社さんとお話ししました。そのなかからインテグループさんに決めたのは、担当の松本直久さんの人となりです。話し方や落ち着いた対応で、この方はしっかりしている人だとわかりました。
私も70年も生きていますから、会って話せば、その人が本気になって仕事をしているのか、自分の判断で動ける人なのかはわかります。仲介会社というのは、買い手と売り手のそれぞれの立場を考えて、双方に納得のいくように取り持つ仕事でしょう。それをやる人というのは、やはり人としてきちんとした人でないといけない。松本さんは、それができる人だと思いました。


譲渡活動で大変だったことはありますか?

大変なことはあまりなかったと思います。私は2、3年かかると思っていましたから、11カ月で譲渡できて、すんなりと行き過ぎた感覚でした。納得のいく金額で売ることもできましたし、本当に松本さんのおかげだと思います。

 


譲渡が完了したいまの心持ちと、これからのことを教えてください。

残務整理や引継ぎが必要ですから、あと6カ月間はこの会社で働きます。ただ、経営者としてはひとまず肩の荷を下ろしたという気持ちですね。精神的に楽です。この会社に関しては、半年後に気持ちよく引退できると思います。
一方で、私は2010年から介護事業とは別にもうひとつ法人を持っていて、保育園の経営をしています。だから、まだまだ完全に引退というワケにはいかないんですよ(笑)。でも、半分ぐらいの荷物を下ろせたのかなという心持ちですね。完全に引退したら、趣味のゴルフや旅行を満喫したいと思っています。

 


それでは最後に、売却を検討している経営者へのメッセージをお願いします。

さまざまな事情があって、譲渡したくてもできない社長さんも多くいらっしゃると思います。でも、もし譲渡を考えられる状況にあるのであれば、早めにやったほうがいいのだろうと思います。
私は70歳ですが、自分の頭で判断できて、動けるうちに譲渡しようと思いました。その結果、従業員や利用者さまの未来をたくせる会社に譲渡することができ、とても満足しています。
なによりも従業員の安定雇用を考えるのが社長の役目ですから、その点をよく考えてご決断されるといいのではないでしょうか。