自社の強みを活かして、ひとつの事業に特化し、集中すること

「見切り」の決断とタイミングを見逃さないこと

高齢化が進み、需要が拡大する一方、介護職員の人材不足や過当競争による業績悪化も目立つ介護業界。特に中小企業は、大手企業の参入や介護報酬のマイナス改定によって、逆風ともいえる状況が続いています。
同業者や異業種との再編・統合を決断する企業も多い状況下で生き残っていくために、中小企業は何をなすべきなのでしょうか。
施設のM&A(事業の一部譲渡)という選択で苦境を乗り切り、成長フェーズに入った株式会社白寿会・吉見誠一代表にお話を伺いました。

粘ることも重要だが、見切ることはさらに重要

 介護事業を始められた経緯をお聞かせください。

介護事業を始めるきっかけになったのは、元々私がやっていたコンサルティング事業で出会った、あるお客様からの土地活用に関するご相談でした。相続した土地の一部を有効活用したいというお話だったのです。

いろいろとご提案をした結果、有料老人ホームを建てて、ご夫婦で経営されることになりました。

しかし、オーナーさんも奥様も農家一筋でこられた方でしたから、実際に経営するとなると腰が引けてしまったのでしょう。建物ができ、従業員を雇用して、入居者も決まり始めた段階で、代わりに経営してほしいと頼まれました。あとはスタートを待つだけ、という施設を放り出すわけにもいかず、やむなく引き継いだのが始まりです。

介護保険が始まったばかりで、「社会福祉が商売になる」と考える人は少なく、金融機関の目も懐疑的できびしい時代でした。経験はなく、知識も少ない中で、試行錯誤しながらの船出でしたね。

それでも、市街化調整区域に医療法人を建設できるようになってからは、介護と医療が連携したグループホームの建設を進め、5年後には5施設まで増やしました。2004年に開設したグループホームは、介護医療連携をうたう施設の先駆けだったのではないかと思います。実際、神奈川県内にはクリニックを併設した施設がなく、私たちが第1号でした。


グループホームが堅調を維持している中で、最初の売却を決めた経緯を教えてください。

最初に手掛けた有料老人ホームの赤字が続き、売却せざるをえなくなりました。

実用性よりも、夢や理想を重んじた作りだったので、食堂の眺望や外観のデザインといったハード面に資金を投入しすぎていて、全室満床になっても黒字にならなかったのです。金融機関の融資も受けられず、赤字は膨らんでいきました。

さらに、2011年に、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)のオープンを目前に控えた段階で、私の病気が発覚しました。「現場を離れるわけにはいかない」と通院治療を選択したもののその後の経過が悪く、オープンしてすぐに入院して現場を離れました。

このときの3ヵ月が勝負の分かれ目でしたね。私が戻ったときには、たくさんの外部事業者に入り込まれており、含み損が出てしまっていました。サ高住は稼働率が悪く、有料老人ホームは埋まるけれども赤字。こうなると、もはや介護事業で取り戻すのは不可能です。

とはいえ、どの施設にも思い入れがあって、簡単にあきらめるわけにはいきません。見切りがつけられずに悩んでいたころ、ご連絡をいただいていたMA事業者さんの中からインテグループさんのダイレクトメールが目にとまりご連絡しました。相談当初から「会社に資本を投入しての立て直しはできない」とはっきり言ってくれたこと、完全成功報酬制であることが決め手になり、お願いした次第です。


その1年後に、今度はグループホーム1拠点を売却されています。

1年後の売却は資金繰りのためでした。グループホームは非常に稼働率が良くて黒字でしたが、背に腹は代えられません。

「損失施設の処理だけできればいい」と思っていた最初の売却が、インテグループさんの手引きで多くの買い手から条件提示を受けた結果思いのほか高値が付き、入居者さんから預かった保証金まですべて引き継いでもらったという経緯がありましたから、もう一度インテグループさんにご相談しました。売却先の候補になる各社に打診してもらったところ、かなりの値段がついたということで、この売却ですべて清算して地盤を固めようと決めたわけです。

最初の老人ホームとサ高住を売却したあとは、やっと一息つけたものの、まだまだ楽ではありませんでした。やむをえなかったとはいえ、思い入れのある施設を手放してしまったことに心残りもありましたね。

その点、2度目は粘って損失を膨らませるより、早めに見切りをつけたほうがいいということがわかっていましたから、吹っ切れていました。売却後はメインバンクも信用金庫から地銀に変わり、かなり基盤が安定したと感じています。


強みをひとつ持って、地道に取り組むことが大切

大手企業が介護事業に参入する中、中小企業は差別化が困難で、苦戦するところも多いと聞きます。

介護施設というのは、満床になれば、それ以上の売上は伸ばしようがありません。しかし、介護事業において多くを占める小規模事業者は、どうしても目先のことに追われがちで、施設を増やすといった次の一手が打てずに淘汰されてしまうことが少なくありません。

また、法律によって売上が左右される可能性があるのも難しいところですね。多くの事業者が「何をすればいいかわからない」という、暗中模索の状態にあると思います。

これからは、何かひとつ強みを持って、地道に取り組み続けていくことが大切なのではないでしょうか。当社の場合、開業当初から弱者救済を掲げ、生活保護受給者に対応してきました。そのため、いわゆる「営業先」が行政で、他社との競合が少ないというのが強みのひとつです。

2009年の法改正で、生活保護受給者を受け入れている施設の月額利用料は、一般入居者も同一価格にすることが決まりましたから、一般の方にとっては利用料が比較的安いという点もアドバンテージになっているかもしれません。

最近は、介護の知識も経験もないまま、退職金をすべて注ぎ込んで開業する方も多いようですが、開業セミナーを受けただけで、集客から経営まで一人でできるかというとそう簡単ではないでしょう。


採用面で苦労している事業者さんも多いと聞きます。

そうですね。採用もそうですが、やっと採用しても辞めてしまう、離職率の高さも業界の課題なのではないでしょうか。

特別養護老人ホームや介護老人保健施設などでは、仕事の負担量が大きく、スタッフが定着しないので入居者を入れられないという話も聞きます。待遇面や人間関係を退職の理由に挙げる人も多いようですね。

当社では、待遇を手厚くし、現場に裁量権を持たせることによって、採用率のアップと社員の定着を図っています。

肝心要のところはマニュアルがありますが、基本的には全施設、全ユニット、それぞれの色を出して構わないという経営方針なので、社員たちはやりがいを感じてくれているようです。実際、当社で働き始めて、1年を経過した社員はほとんど辞めません。10年勤続表彰を受ける社員もたくさんいます。

また、未経験者を積極的に採用し、資格取得制度などで成長を支援するようにもしてきました。教育は現場の運営を担う管理者に任せていますので、リーダーとして周囲を牽引する立場に立つ社員たちの士気高揚にもつながっていると思います。グループホームは小さなユニットで、他の施設に比べると家庭的な雰囲気なのも社員にとってはいいのかもしれませんね。


社員を大切にされている分、売却決定を伝えるつらさも大きかったのでは?

 売却の価格が出た時点で、経営に近い社員には伝え、彼らからは「いい条件だし、売却してもいいんじゃないですか」と背中を押してもらいました。

しかし、現場の従業員のことはとても心配でしたね。彼らがこれまでどおり働き続けられるように、くれぐれもよろしくお願いしますと、お伝えしました。

従業員と同じくらい心配だったのが、入居者さんのことです。特に、最初に手掛けた有料老人ホームは、会社側と利用者代表とで行う懇談会を全家族参加で行うなどして、みんなでいっしょに作り上げてきましたので、断腸の思いでした。いよいよ売却が決まってご挨拶に行ったら、入居者さんが労いの言葉とともに花束をくださって、思わず泣いてしました。


大切に育ててきた事業でも、手放す決断やタイミングを逃さないように

今後の展開についてお聞かせください。

おかげさまで収益が安定したので、蓄積してきたノウハウがあり、パッケージ化されていて運営しやすいグループホーム1本に絞って、少しずつ施設数を増やしていくつもりです。

見切りをつけさせてもらったおかげで、新たな展開に踏み出すことができたという段階ですね。

有料老人ホームや在宅介護は、今の企業規模と社内能力では難しいと判断しており、取り組む予定はありません。


最後に、インテグループを介した売却を振り返って、いかがですか。

 あれだけ苦しい状態から、今こうして施設を増やす段階までこられたことを思うと、あのときお願いして本当に良かったと思っています。

経営する側にとって、赤字を清算しなければならないという気持ちはあっても、大切に育ててきた事業を手放すという決断はなかなか下せないものなんですよ。粘りに粘って結局損失が膨らんでしまう。私たちも、あのタイミングを逃していたらたいへんなことになっていただろうと思います。

インテグループさんは、ビジネスとして割り切った交渉をする部分と、こちらの利益を考えてできるだけ良い条件で売却できるよう手を尽くしてくださる人間的な部分があって、信頼してお任せすることができました。

今があるのは、インテグループさんとの出会いのおかげですね。

白寿会本社オフィスで吉見代表(写真:左)とインテグループ担当者の籠谷(写真:右)