老人ホーム・デイサービス・ショートステイを提供する高齢者福祉施設「すまいる小江戸」を異業種大手に売却し、長年、地域に根ざした福祉事業を展開してきた自社の強みを活かし、在宅介護サービスに集中する

人の家である有料老人ホームの運営は、
大資本のもとで長期にわたる安定性を確保するべき――

そうした考えから、介護事業に注力している株式会社ゼンショーホールディングスに不動産ごと事業を売却した株式会社すまいる・ランド。
M&Aのメリットとそれに伴う注意点について、すまいる・ランドの吉田幸治専務に伺いました。

福祉事業一筋、介護保険の創設で介護事業へ

まずは「すまいる小江戸」設立までの経緯をお教えください。

最初は保育園、次に病院へのヘルパー派遣と、福祉事業一本を手掛けてきました。やがて、介護保険が始まるということになり、介護事業へと手を広げていきました。
「すまいる小江戸」は、介護保険の創設を見越して立ち上げた施設です。もう十数年前になりますが、開設のきっかけは、ケアマネージャーとして働いていた私の経験からです。当時はまだ、「介護予防」という概念は普及しておらず、「パワーリハビリテーション」(※)などはまったく認知されていませんでした。「お年寄りにトレーニングマシンを使わせたら危ないだろう」という時代ですから、デイサービスなどで利用者の身体機能を上げても、ショートステイで1週間くらい別の施設に行くと、機能が落ちて帰ってくる。だったら、「運動できるショートステイ施設があればいいじゃないか」と思ったんです。
当初は、デイサービスとショートステイだけでしたが、その後、有料老人ホームへと規模を広げました。

※トレーニングマシンを活用し、老化や障害により低下した機能を回復させるリハビリテーション。


M&Aによって分離しようと決断した理由は、どこにあったのでしょう?

有料老人ホームは高齢者の住まいですから、継続的な安定性が必要ですよね。そうなると、私たちのような小さな事業者がやる仕事ではないのです。まして、行政の方針や各種制度は、これからどう変わっていくかわからない。そうした波を受けてもびくともしない、大きな資本の中で安定して続けていかなくてはいけません。これは、実際にやってみてわかったことです。
そうした理由から、切り離しを決断しました。逆に、私たちは地域に根ざした強みを活かして、在宅サービスに向かうべきだと考えています。すでにいくつか手を付けていますが、ここ2〜3年のうちに形にできればと思っています。


介護業界の将来に横たわる不確定要素

介護業界の先行きについては不透明感もありますが、どのように見ていらっしゃい ますか?

事業として考えた場合、介護保険に依存しないサービスをどのように作り、成り立たせていくかというところでしょう。保険頼みにしていたら、立ち行かなくなるのは目に見えています。今回、M&Aでお世話になったゼンショーさんも「介護保険に依存しないビジネスモデルを構築したい」と話しています。こうした流れは、ますます加速していくでしょう。
私たちの規模の業者ができることとしては、地元に根ざした強みを活かした、医療と連携した在宅サービスです。つまり、訪問看護リハビリステーションですね。そこでは、児童、一般高齢者、末期がん患者などといった、すべての訪問看護を扱います。その隣に訪問介護の事業所と、居宅介護支援事業所などのケアマネのステーションがある。こうした施設があれば、地域で医療が必要なお年寄りのケアはすべてできる。そうすれば、皆さん安心して家に帰れます。自分の家で暮らし続けて、必要なときにサポートを受けることができるんです。

それを実行するには、組織ごとの連携が課題になりそうですが?

そうですね。まずは、法人の垣根を越えることです。一人のお年寄りがいて、デイサービスが必要で、医療も必要としている。このように、一人の人間に多くのサービスが関わっていて、それらを連携させなくてはいけない。器を作るだけでは不十分なんです。
例えば、「サ高住」(サービス付き高齢者住宅)を作りますよね。サ高住ができれば、そこに、医療は絶対必要になります。そうした場合、訪問看護ステーションが併設できれば、入居している方々の医療をカバーできる。もちろん、傷害保険や医療保険、介護保険といった保険も関係してきます。それらすべてを連携させないと、これからの介護事業はやっていけないでしょう。そこをうまくつなげていくのは、私たちのように、地域に根付いて活動してきた人間の役目だと思っています。


介護施設のM&Aで重要なのは地域性の維持

事業の買い手としてゼンショーさんのお名前を聞いたとき、どう思われましたか?

驚きました。なぜ外食の、それも大手のゼンショーさんがと思いました。ですが、オフィシャルサイトを見てみると、すでにゼンショーさんは、介護事業を自社事業の大きな柱として位置付けているし、北海道で複数の施設を運営しています。M&Aによって、この分野を強化しつつあるわけです。
ただ、ひとつ気になったのは、北海道で実践されている「介護のやり方、施設のあり方」というものを押し付けられないかということです。介護は相手に合わせてやるものですし、地域性もあります。「○○式」というような、ひとつの決まった形というものは通用しません。
そうした懸念はあったのですが、実際にゼンショーさんとお会いし、話をしてみると「北海道は北海道、ここはここです。まったく別物と考えていただいて結構です」とおっしゃられたんです。その言葉を聞いて、「あ、ここなら大丈夫だな」と思いました。


介護は地域に根ざした事業ですが、そうした地域性を活かすことができる、というわけですね。

私が念頭に置いていたのは、「施設で働く人も、施設を利用する人も、同じ地域の人間なんだ」ということです。この土地にはこの土地なりの意識があり、事情があります。それはどこに行っても同じでしょう。都会と田舎とでは、人の考え方も行動も違うのは当たり前のことです。地域によって、人は違うということを忘れてはいけない。
ですから、法的な部分はきちんと押さえておいて、そこから先のやり方や現場のルールは、地域に合った形に変えていけばいい。ひとつの共通ルールを作って、すべての地域にあてはめていくやり方は、必ずどこかで無理が生じてしまいます。
施設の運営は、地域性を意識して、働く人も、サービスを受ける人も両方満足できれば、利用者も広がっていきます。そうした地域性を残し、活かすことができたのは良かったですね。今後、ゼンショーさんがM&Aによって規模を広げていく中で、こうした「地域によるバリエーション」というのはひとつのモデルケースになるでしょうし、そのノウハウは企業の財産にもなるでしょう。


社内の動揺を鎮めなければ、人は去っていく

M&Aそのものについて、社内での動揺はありませんでしたか?

思った以上に動揺はありませんでしたが、現場の対応や行政との関係についての不安や混乱は、どうしても避けられません。管理側の人間が入れ替わるわけですから。
「現場での対応について、誰が判断するのか」「手続き関係はちゃんとできているのか」といった点で、若干の不安と混乱はありましたね。
個々のスタッフに対しては、とにかく安心してもらうように心掛けました。彼らは不安や不満を感じたら、去っていってしまう。それは、ただでさえ人材が不足しているこの業界で、大きな痛手です。ですから、全員と何度となく話し合い、その中で「あなたをちゃんと見ている」「大勢の中の一人ではない、あなた自身を大事にしている」ということを、丹念に伝え続けました。


社内的な問題というのは持ち上がらなかったのでしょうか?

現実的な話ですが、「労働時間や給与体系がどうなるのか」という話は出てきました。私たちには私たちの考えと規則がありますが、それはゼンショーさんも同じことです。基本給やボーナスの考え方は違いますし、退職金などの制度も違う。簡単に解決できるものではありません。ある程度時間をかけて、何度も話をして、解決していかなくてはいけないでしょう。
繰り返しになりますが、条件面で職員が辞めていくのは、施設にとって大きな損害です。特に、社歴が長い人間が辞めてしまうと現場の士気は落ちますし、それは利用者にも伝わっていきます。ですから、個別の面談にはかなり時間をとって、話し合うようにしました。


M&Aによるメリットと課題とは?

M&Aによって、どのようなメリットが得られたとお考えですか?

やりたいことができるようになったことです。最初にお話ししましたが、将来的にはこの施設が足かせになってしまうのではという危惧がありました。だからそれをM&Aという手法で切り離し、身軽になれたことで、自分たちに合った、しかもやりたいことにエネルギーを向けられるようになりました。
また、私たちは異業種であるゼンショーさんとのM&Aでしたが、同業他社とのM&Aであれば、介護に対して自分たちとは違う発想に触れることができるチャンスといえます。例えば、食事の時間、足の不自由な方を車椅子に乗せて食堂まで連れていくのか、あるいは、壁を伝い歩きしながら、時間をかけてでも自分の足で向かわせるのか。こんなところにも視点の違いがあります。そうした違いの中から「いいところは見習っていこう」というアクションが起これば、サービスの質の向上につながるでしょう。


反面、課題もあるのではないでしょうか?

買収にしろ合併にしろ、M&Aでは異なる企業それぞれの文化がぶつかることになりますから、すり合わせは必要です。そこは、話し合って乗り越えていくしかありません。
例を挙げると、事務で使っているPCソフトを、ゼンショーさんが使っているものに入れ替えるという話があったのですが、これをするとかなりの事務負担がかかります。「きちんと機能しているのだから、負担を増してまで変えなくてもいいでしょう」という話をして現状維持としましたが、こうした細かい部分での衝突やぶつかり合いは避けられません。それでも「いいサービスを提供しよう」という本質を双方が踏み外さなければ、乗り越えていけるものです。


インテグループに任せた理由は「安心感」

インテグループに依頼した理由は何だったのでしょうか?

インテグループさんを選んだのは、介護業界に実績があったからです。「介護業界に強い」とアピールする会社さんはほかにもありましたが、その中で「任せて安心だな」と感じたのがインテグループさんでした。中小企業のM&Aに特化しているというところも、私たちのような中小事業者の事情や思いに理解があるだろうという印象がありました。
実際に話を進めているときに、あれこれとタイミング良く、具体的な指示をしてくれたのは、本当に助かりました。こちらはM&Aについてはわからないことも多く、日々の業務がある中で、スケジュールどおりに手続きを進めなくてはなりませんから。


無事にM&Aが終わりましたが、今の心境はいかがですか?

当初は、私が「すまいる小江戸」に残るのは譲渡してから半年という話だったんですよ。でも今になって、まだ関わっていたいなという気持ちになってきましたね。
おそらくゼンショーさんは、今後も介護業界でM&Aを進めていくと思いますが、そこに関わっていきたいと思っているんです。ですから、まだ当分は、自分のやりたいことと並行しながらですが、今のポジションで動いていきたいと思っています。すでに先方からは、「もっと関わってくれないと困りますよ」なんて言われているんですが(笑)。
いずれにせよ、今までとは違う状況を、M&Aによってつかんだのですから、「やっぱりM&Aをして良かった」と言えるような結果を、この2〜3年で出さなくてはと思っています。

老人福祉施設『すまいる小江戸』の前で吉田専務(写真:右)とインテグループ担当者の籠谷(写真:左)